半袖が着たい、と20年思っている|乾癬を隠して過ごすということ【その他④】

その他

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前回、落屑の掃除の話を書きました。人が来る日はいつもより念入りにコロコロをかける、という話です。

その最後に、「人にどう見られるかを常に考えてしまう」ことについては、また別の機会に、と書きました。今日はその話です。

少し重い話になります。同じ症状のある方には、たぶん分かってもらえると思います。


夏がいちばんきつい

季節でいうと、夏です。理由はひとつで、半袖になれないからです。

今年は特にひどかったので、夏でも長袖のタートルネックで過ごしました。首元まで隠れるものです。しかも今年は手先まで症状が出ていたので、手の甲まで隠れるタイプのものを選びました。UVカット目的の商品ということにして。

夏に長袖のタートルを着ている人がいたら、周りは「暑そう」と思いますよね。見ているだけで暑苦しい。それが申し訳なくて、余計に気になります。


でも、本人は暑くなかった

ここは、あまり知られていないことだと思います。

乾癬の炎症がひどい時期、私は寒くて仕方がありませんでした。

長袖のタートルを着ていても、本人はそれほど暑く感じていない。むしろちょうどいいくらいでした。皮膚が炎症を起こしていると、体温の感じ方がおかしくなるようです。

だから周りから見える姿と、本人の体感は、まったく違っています。暑苦しい格好で我慢しているように見えて、実際には寒さをしのいでいる。この食い違いは、外からは絶対に分からないところだと思います。


美容院のこと

ひどい時期は、そもそも行けませんでした。

行けるようになってからも、タートルネックで行きます。

これ、美容師さん泣かせらしいですね。カットのときに襟が邪魔になりますし、切った髪が首元から入ってしまう。本当にすみません、と思っています。でも、仕方がないんです。

こういう「申し訳ないけれど譲れないこと」が、この症状にはいくつもあります。


なぜ隠すのか

理由は、はっきりしています。

ひどい症状を人に見られて、引かれる態度をとられるのが怖いからです。

言葉で何か言われるわけではありません。ほんの一瞬、視線が止まる。表情が変わる。それだけです。でも、それが怖い。だから、なるべく見せないようにしてしまいます。

見えていても平気そうにしている方もいます。すごいなと思います。でも私のメンタルは、そこまで強くありません。

そして、もっとひどい方は、家から一歩も外に出られなくなることもあるのだろうと思います。想像ではなく、その気持ちの方向は分かる気がします。


隠すことが、悪いことばかりでもない

ただ、これは書いておきたいことです。

隠して過ごしていると、**「いつかきっとこの状況から抜け出したい」**と強く思うようになります。

そしてその思いが、そのままバネになります。治すために何か試してみよう、記録をつけてみよう、という原動力は、正直なところ、この「隠さずに済むようになりたい」という気持ちから来ています。

このブログを書いているのも、たどれば同じところに行き着くのだと思います。


今の状態

炎症は治まってきました。落屑も減りつつあります。

ただ、**皮膚の見た目は、まだきれいとは言えません。**シワっぽかったり、色素沈着が残っていたり。症状が落ち着くことと、見た目が元に戻ることは、別の話なんですね。

なので、隠す生活はもう少し続きそうです。


半袖が着たい

同じ症状のある方には、共通の目標だと思います。

半袖を着たい。

私はこれを、**ここ20年くらい思っています。**笑ってしまいますが、本当に20年です。夏が来るたびに思って、そのたびに長袖を選んできました。

でも今年は、少し違います。

炎症が引いて、落屑が減って、ゴミ箱の紙くずも半分以下になりました。この方向に進んでいるなら——

来年こそは、いけそうな気がします。

そう思えるようになったこと自体が、20年で初めてかもしれません。

同じように長袖の夏を過ごしている方がいたら、一緒に来年を目指しましょう。

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